麻雀プロって

麻雀始めたての頃は雲の上の存在であり
強い関心があったわけでもなかった
プロという冠がつく以上めちゃくちゃ強いと思っていた
このときの
麻雀プロって「強い」

そして
麻雀始めて1年ないし2年経った頃
大手麻雀店でずっと勤務していた関係もあり打数は2000〜3000半荘は打っただろうこのときは
麻雀プロって「弱い」
この頃が少し麻雀がわかった気になった頃で見えてる世界が一番狭い頃だったんだろうなと我ながら思うが
麻雀プロのイメージが萎えるような牌譜を見せられたことが何度かあった
これは麻雀プロに対して天空のイメージを持っていた少年には衝撃的な出来事だったのはいうまでもない
これからまた2000〜3000半荘経ち自分の麻雀のうち筋も何周かしている間にさらに自信がついてきていたのと同時に自信に対する根拠が欲しくなってきていた
この時に麻雀プロというものを少し意識するようになってきた
同時に知り合いと呼べる麻雀プロが身の回りに増えてきた
まぁこの順番はどっちが先だかは知らんが
これが20歳の冬ぐらいのはなしである
意識をするようになったといってもリーグ戦や大会について調べたこともなかったしよく知らなかった

ただ、麻雀の多様性に対しての関心は強かったのでその頃からフリー雀荘巡りはしてたし麻雀と名のつくものは一通りやりたいと思っていた

そんななか競技との距離が一番縮まったのが
フェニクッスオープン
これは友人に存在を教えてもらい出てみればと示唆を受け出た
この条件戦がなんだかんだおもしろかった
このあとチャンピオンロードにも2,3回出た

この頃には麻雀店勤務は卒園しており
ただの麻雀好きの会社員であった


で、なんだかんだ麻雀プロになった

一番の動機は
場が欲しかった

ここといって通う店もなく
毎週末違う店を転々としてた毎日で
麻雀に対して真剣に向き合うこともなくただのエンターテイメントでしかなかった
これに対して何か勿体無い気持ちを得たのでプロ試験を受けてみた

ちなみにだがこの時プロ試験に受かる自信はめちゃくちゃあった
周囲に「俺が受からなきゃ誰が受かるの?」と口走るぐらい自信があった

で、無事麻雀プロになった
麻雀プロになって変わったこと
は特段なかったが
僕は社会的な適合性が低いのか、社会が僕に対する適合性が低いのかわからないが仕事を辞めた
で再度雀荘勤務に戻った
前の店とは違う店でルールも少し派手になった
さんまもやった

このときもリーグ戦とか大会に
当然体調等は万全にして出来る限り良い結果が叩ける努力は意外としていた

ちなみに
プラスポイント次の節は同じ下着
マイナスポイントの次の節は違う下着
を意識してはいていた

Cシフト開けみたいな話を見たり聞いたりしたが、これに対しては「大変そうだな」とか「頑張ってるな」とかは一切思わなかった。むしろ「意識低いな」としか思わなかった。
まあそういうプレイイングが僕自信全くなかったという自信はないが中からみてて対局に対して意識低いなと思った事象がいくつかあった
ちなみに具体的には全く覚えてないのでそこのあなたのことかどうかは全くわかりません。

ただ、これに対しては仕方ないというよりもうどうしようもないという理解は当然ある。だってどっちが本業ってそもそも麻雀プロって仕事ですらないのだから。(特定以上のリーグだとリーグ戦に給与が発生する大手もあるらしいですが)

でもって、僕も競技に対しては真剣にやっていたが、なんかサークル活動ぐらいに割り切っていた部分が大きかった。
がまあ楽しかった。
このときから今にかけてもっている
麻雀プロって「まあ楽しい」

で、いろいろあって遠方のもっと派手な店で働くことになった

で、大体月400本程度は打つようになった
もう仕事中に打つ麻雀は遊びではすまなくなった
そして10戦20戦どころか100戦200戦300戦単位の浮いた沈んだなんかもどうでもよくなった

結局このゲームで運の要素を小さくする1番の方法は打数を多くするにつきる

で、そうなってくると20戦ないし40戦で競うリーグ戦も1時予選から決勝戦まで勝ち上がって50戦もあれば多い方の大会に対して
しょうもないと思い権威も何も感じなくなってしまった
普段の麻雀が遊びではなくなったせいで競技の価値観が遊びに近づいた

今思っている麻雀プロって
「遊び」

中には麻雀プロを真剣にやっている人もいるだろうけれども
ぼくの思う麻雀の介入する量が少ないから麻雀プロを真剣にやっているのであって麻雀を真剣にやってるのとは違うなぁという話

これがぼくの麻雀プロって
の変貌